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正しさ

 

普通ってなんだろう?くだらないね?

 

私もそう思える程の強さがあれば良かったのだけど。

 

中学まではそうだった。自分の考えのまま行動すればいい。私は私だもの。

 

きっといろんなことを器用にこなせる自分にある程度の自信があったのだろう。

 

でも気がついた。いつかはわからないけども、自分にとっての正しさが必ずしも良い結果にならないということに。時には自分も周りの人も不幸になるということに。

 

高校からは周りに気を使うようになったよ。空気に合わせて、合わせて、笑って、ああ虚しい。

 

結果的に、表面上は明るくていつも笑顔で友達も多い子だったんだと思う。

 

卒業して、今でも連絡取り合うような友達全然いないけどな。

 

周りに合わせて気を使うのは自分にとって苦痛なことだった。どこが面白いのかわからないような話にうける〜って言ってみたり、笑ってみたり、難しかった。きっと顔も引きつってたかも。上手くできなかった。

 

大学ではそんな苦痛を感じる必要はなかった。自分が所属したいグループに所属できて、合わなかったら距離を置くことができた。

 

まさに理想的な環境だ。

 

本当に大学に進学するという選択をして良かったと思う。そう心から言えるほど楽しい日々を送れたと思う。

 

でも、楽しいはずなのにこんなにも不安を感じているのはなんでだろう。自由な環境のはずなのに正しさばっかり求めてしまうのはなんでだろう。動き出せないのはなんでだろう。

 

楽しい日々ももう終わってしまう。その現実を受け入れることができない。憂鬱だ。久しぶりに今日はそんな憂鬱をダイレクトに感じてしまった。久々に、全部全部終わらせてしまいたいと感じた。

 

あー、上手くできないな。なーんにもしたくない。きちんとしてるの食事だけだなあ。笑

 

ツイッターにすら上手く愚痴を書くことができなくなってしまった。この憂鬱をどこに吐き出して良いかわからない。人に話すと絶対になんであんなこと言ってしまったんだろうって後悔する。この状況すごくまずい気がする。鬱に引き寄せられている自分が怖い。いつかそっちに行ってしまうような気がしてる。どうしてこうも気が小さいのだろうか。何をしても罪悪感というか、劣等感というか、間違ったことをしているような恐ろしさを感じる。私はいつだって普通になりたい。きっと理想に近い普通なんだろうけど。

 

 

今置かれている状況は幸せだ。自由な時間、緩い環境、日々困ることなく暮らせるということは幸せだ。でも、小さい悩みは私にだってある。どうしようもない憂鬱を感じるときだってある。でも、他に大きな悩みを抱えた人にそんなこと言えるわけない。恵まれた環境じゃないかって言われるに決まってる。

 

そう、恵まれた環境だよ。でもどうしようもなく動き出せなくてしんどい。何もしたくない。どうすればいいの。

 

明日も予定がある。ああ幸せだね?

 

いつだって動き出せなくて時間が足りなくて今日もこんな時間だ。

 

やっぱりここまで文章にしてみて自分は甘いっていうことが身に染みた。きっとこの環境にいる間は誰にだってこんな話できないし、しないだろう。

 

やらなきゃばっかりでうんざりするけどやらなきゃだね。

 

あーもう嫌だなあ。

 

普通に過ごしたいね?