読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

かにみそ

 

自分にあった小説を読み終わった後の、脳の奥が痺れるような感覚がたまらない。

かにみそはまさにそんな痺れを自分にもたらした。

 

 

 

気怠げ、無気力、灰色

 

目の前がわからないような毎日に溶かされそうな気分だったんだろうな

 

途中から気づくひどく重たい罪悪感と他者の日常の幸せ、人と人とのつながり

 

主人公の心情になんだか共感してしまった

 

気がつけないんだよね、他者の心情が。

他者の心情を想像しようとしても、できなくて飽きてしまうんだよね。本当は大事にしたいのに

 

蟹と出会ったことで、灰色の毎日が色づくようになって、日々の楽しみが生まれたんだろう

 

ほんの少しの好奇心で蟹に人間を食べさせてしまった。そのときの罪悪感はなかった。蟹が喜んでいる、それで満足だったしそこで完結したかのように思えた。

 

まさか蟹が人間を食べるなんて非日常に他者が気づくはずなんてない。自分が罪を犯していることがばれるなんてない。愉快だ、ときっとこの時までは思っていたのだろう。

 

でも、気がついてしまった。蟹が人を食べるその先のこと。1人の人間がいなくなったことによって、その人の家族や友人などがひどく悲しんだり、憎んだり、絶望すること。心が空っぽになってしまうこと。

 

自分にとって蟹は大切な存在になってしまった。共に過ごす時間が楽しくて、落ち着いて、心の隙間が埋まるかのように感じただろう。でも蟹は、他者の主人公でいう蟹のようなかけがえのない存在を壊している。1人を殺したことによって、他の何人もの人を絶望の淵に追い込んでいる。その人にとって、たった1人の心許せる存在だったかもしれないのに自分が、蟹が、全部全部踏みにじっている。

 

このままじゃいけない。どうすればいい?どうすればいい?主人公はひどく葛藤したのだろう。もう答えは出ていたけれど気が付きたくなかっただろう。蟹を殺すということに。

 

無気力な色のない毎日で、未来というよりも明日にすら希望がもてないもどかしい日常を送っていたのだろうと考えられる主人公に、彩りを与えてくれたのは蟹だった。蟹もまたそう思ってくれている。そして、友人だと言ってくれている。人の言うことなんて信じられるものじゃない。でも、蟹のいうことはいつも賢かったし、正直な言葉だった。そんな蟹が自分を大切に思ってくれていることがとても嬉しかった。でももう、蟹と過ごす時間を終わらせなければならない。他者の幸せを壊した罪を償わなければならない。

 

蟹とはもう一緒にいれない。

 

決意が固まったとともに、蟹を食べたくなった。きっと蟹も、そんな罪悪感に塗れた主人公の心情を察したのだろう。蟹もまた決意が固まった。死を受け入れた。

 

蟹の食欲は本能から来るもので、我慢できる代物ではなかった。関係ない人がいなくなったって蟹に害はない。食物連鎖という自然の理に則ったまでだ。

 

人とのつながりに気がついてしまった主人公は、罪悪感に苛まれているが故に、精神的に限界が来ていた。もうきっと終わりだと、察したのだろう。だからこそ、蟹自身を食べようとしている主人公を受け入れた。蟹はいつだって正しかった。

 

かけがえのなかった蟹はいなくなった。ひどく美味しいと感じた。悲しいような苦しいようないろんなものがごちゃまぜになった感覚に陥った。

 

蟹との時間が終わった。

 

蟹は日々の充実やつながることの喜びなど、生きる糧、生命力を主人公に与えたのだろう。蟹を失った代わりに灰色の日々から抜け出そうとする思いを手に入れることができたのだろう。