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無題

 

私は日記とかブログとか残るもので自分の考えを残すのが苦手だ。

 

理由は単純で、人に自分の考えを知られたくないから。

 

このブログも、もしも自分が突然死んでしまって、遺品として大勢の他者に見られたらどうしようとか考えながら書いている。

 

いつからなんだろうな。思い出せやしない。読書感想文も読まれたくない。レポートとか勉強メインの、自分の感情を書かないものならいいのだけれど。むしろどちらかというと、得意な方だったのだけれど。

 

読まれる可能性が少ないこのブログでさえ、自分の考えを残すことに対して躊躇している。

 

自分の考えに自信がないのか、他者からの視線を気にしてしまうのか、信用できないのか、それぞれの要素がきっと絡み合っているんだろう。

 

 

小学校まで私は「他人の目」が気にならないタイプだったのだと思う。見えていなかったというか。部活を始めて、嫌だなと思う人とも一緒の時間を過ごさなければならなくなっていって、逃げ場なんてだんだんと無くなっていって。部活をしていたことに後悔はしていないけれど、本当は部活は嫌だったのかもしれない。追い詰められる環境が怖かった。幸い、スポーツはできる方だったからなんとか乗り越えられた。けれども、小学校と中学校でやっていた部活にいい思い出はあまり無い。正直、ヒトが嫌だった。あの頃はやることはきっちりやる、やるということが当たり前という自分だったからサボるということが理解できなかったし、顧問が可哀想だと思っていた。そして、部員たちを軽蔑していたのだと思う。そんな中でも一人ぼっちは嫌で、何とか仲間を探そうとしていた。

 

 

周りの目線が気にならなかった頃、友達と休日に遊ばないの?と親から言われるようになり、初めはそれを疑問に感じていた。遊ぶということがよくわからなかった。きっと今でもあまりわかっていない。一緒に帰ったり行動したりする友達はいたから、友達と遊ばないの?と言われても気にならなかった。部活を始めて、思春期が始まって、人間関係に派閥が生まれてきた頃から休日に友達と遊ばないの?という言葉がどんどんプレッシャーになってきた。予定をつくらなければ、友達と行動しなければ、友達を増やさなければ。昔からわりと何でもそつなくできたというプライドの高さ故に、友達が少ない自分を認めたくなくて、親から馬鹿にされたくなくて、だんだんと休日の予定を作ろうと躍起になっていった。そして、他人からの目線が日に日に気になるようになっていった。友達作りが苦しくなった。

 

孤独だった。

 

悪口を言う子も、強気なあの子にもユーモアというものが備わっていて、友達とはしゃいでいて楽しそうだった。

私は話すのが上手くない。気が強いのも嫌いじゃない人を貶すのも苦手だった。

 

おとなしいあの子もオタク気質なあの子も、静かながらに楽しんでいた。

私はもっとはしゃぎたかった。退屈だった。

 

仲良くなりたい気持ちがあっても上手く楽しいを作れなかった。どんどんどんどん下手になったような気さえした。

 

昔は何でもそつなくこなせた。だから、きっと、できる。そう思っていたけれど、どうすればいいかわからなくて、考えれば考えるほど苦しくて情けなくて消えたくなった。そのうち苦しさから解放されたくて、気にしないように、気にしないようにと思うようにしても、友達の多い姉はしょっちゅう遊びに出かけていたし、親には出かけないの?と聞かれるし、休日に予定のない自分がコンプレックスだった。それは今でも変わらない。変われない。

 

きっと真面目だったのだと思う。でも、この孤独をどうすることもできない。性格が悪いのかツマラナイ人間なのか、大きく考えて原因はそれしか思い当たらない。自己否定が癖になっていく。いろんなことが許せなくなっていく。いろいろな思い通りにならないことが嫌いになっていく。こじれていく。

 

私は1人の時間は嫌いじゃない。むしろ好きなんだと思う。でも、こんな風に考えてしまうから純粋に楽しめない。頭の片隅で、今頃あの子は友達と遊んでいる、楽しんでいるという考えがよぎる。だからこそ心から1人の時間を楽しんでいたり、有意義に使っている人を尊敬しているし羨ましいとも思う。私は未だにどっちにも染まれない。

 

こんなこじれた考えなんて、そろそろ捨ててしまいたい。一人暮らしをして、親からの目線とか姉の予定も気にならなくなったはずなのに。サークルの飲み会とか旅行とかバイトで忙しくて、休み欲しいとか思ったくらいなのに。なんで未だにこの呪縛から逃れられないのだろうか。苦しい。

 

先日のUVERのライブでtkyが、皆孤独なんだよ。俺だって一人ぼっちで曲作って孤独だよ。みたいな話をしていて、心底ほっとした。そっか孤独なんだ。孤独でいいんだ、って。星野源も己との戦いをずっとしてて、みんなが手を差し伸べてくれていたとわかるけど寂しかった。というような文章を残していてほっとした。そうか、あのキラキラしている人も寂しさがあるのかって。

 

今私は何かを夢中になって頑張れていることはないけれど、寂しさとか孤独に苛まれることがあっても戦える強さをいい加減に身につけたいんだ。1人を怖がりたくないんだ。堂々としていたいんだ。

 

だからこそ自分のことをもっと好きになりたいし、周りのことを好きになりたい。大事にしたい。まずは自分のことを許せるようになりたい。孤独な自分も上手くできない自分もまるごと全部、味方になってあげれるようになりたい。

 

考えをまとめるためにも、許せるようになるためにもブログをたまに書こうと思う。

 

今日は星野源がもっと好きになった日だから、私も彼みたいにキラキラするために、いろんなことに挑戦して楽しんで、孤独とだって戦うんだ。